「北九州大学文学部紀要」(編集・発行:北九州大学文学部比較文化学科、1997年7月、54号、93-110頁)

(This Japanese article "Clairvoyance in Miyamoto's Dotomborigawa: Viewing Life from a Bridge" was originally published in Kitakyushu University Faculty of Humanities Journal,Vol.54,1997, pp.93-110.  The English abstract has been placed at the end of the paper.)

ダニエル・ストラック 北九州大学文学部比較文化学科

宮本輝の「道頓堀川」研究   

――橋から洞察する人生――  

はじめに

〈橋〉とは現代生活において欠かせないものの一つである。毎日意識せずに橋を渡って、通勤や通学をする人は少なくない。その上、自分が使っている、その橋の存在を格別意識しない人も大勢いるにちがいない。これは不思議なことではない。停電になって、電気の重要性を初めて知る人がいる様に、橋のことを、壊れない限り、現代人は意識しないことが多いである。しかし、私たちが存在している現実の世界と違って、小説中においては普段意味のないものが、特殊な意味を帯びることがありうることを考慮しなければならない。

確かに、この小説の中に、特別な〈意味〉を伴わない〈橋〉の存在も認められる。この様な形で、ある象徴を強調するため、他のものの存在を控えめに、あるいは無意味な形で、または

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象徴性が不在の形で描くことは、小説の全体的なバランスを保つために、作者にとって必要な手法なのである。従って、重大な意味が文章の背後に潜んでいる場合、それを的確に抽出して理解することは、文学研究にとって難題となる。以上の意見は自明かもしれないが、多くの見解が錯綜する文学研究において、〈意味〉の解釈が容易に達成できないという前提に立って、徹底的に「道頓堀川」における〈橋〉に潜在する〈意味〉を究明したい。この論文では「道頓堀川」を〈橋〉の視角から見た解釈を目標とする。

小説の背景

宮本輝の「道頓堀川」という小説名は、大阪の歓楽街を流れる川の名を用いたものだ。その地域が有名な場所であるからこそ、小説の中の世界の賑やかな雰囲気を暗示することが作者の目的の一つであるといえるだろう。しかし現代の日本人が道頓堀川から連想するイメージは多種多様であるため、物語の雰囲気も、読者に応じて多様に解釈されてくる可能性が高い。大阪に住み、現実の道頓堀川周辺の地理的状況、または風俗的状況について詳しい人物が読む場合と、そうでない人が読む場合では、果たしてどちらの立場が有利になるのかを以下において考えたい。

「道頓堀川」はストーリーが直線状に展開しない。小説の大半の場面が昭和44年に設定されているが、約20%がフラッシュバック・シーンで占められてあり、それは物語に不可欠な部分である。42頁から87頁までの昭和21年から30年代前半までの叙述は武内鉄男という喫茶店のマスターの経験が中心となっている。武内と妻の鈴子の間に政夫が昭和23年に生まれた後、鈴子と杉山が政夫を連れて駆け落ちする場面がある。結局、鈴子は政夫を武内のもとに連れ帰るが、駆け落ちが引き起こした人間関係の破綻が、鈴子を死に至らしめることになる。鈴子が死に、また、彼女が武内のもとを離れた理由も解らず、昭和44年現在の武内は悩み、悔やむ。武内と息子の政夫の間に起こる問題も、武内自身が人生に対して辛い思いを抱いていることも、フラッシュバック・シーンを読んでいくにつれて、明確になる。

昭和20年代といえば、第二次世界大戦直後の混乱に満ちた時代であった。武内が退役してフィリピンから戻って来た際に住んでいた道頓堀川の近辺の歴史的背景は、なぜか明確に描かれていない。当時の人生の苦境は大雑把に描写されているが、時代背景を反映する場面が見られない。フラッシュバック・シーンと同様に、昭和44年前後に起きた騒動、大学閉鎖などについても、一箇所も触れられていない。 作中の登場人物が社会的問題に無関心でいたのかもしれないが、60年代後半の世相を反映するシーンは一つもない。(1) ある評論家はこの傾向に注目して、作品はリアリズムが欠如していると述べているが、道頓堀に馴染みのある人のみのために、この小説が書かれたのならば、恐らくこの評論家の指摘は適切なものといえる。また、歴史を主

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題とする小説であるならば、これは致命的な欠陥となる。

しかし物語全体の筋が歴史を超越した次元にあるとすれば、その当時、話題になった社会現象が登場しないのは当然である。「道頓堀川」のテーマは以下の通り、表現することが出来る。人生は川の様に流れて、未来への大望を抱こうとも、過去の思い出を悔やもうとも、現在という船に乗って行くしかない。宮本のロマンチシズムは、時事的話題や世相を超越し、〈人間が自分の人生を決定する〉という偽りの理想を批判的に眺める類の、無常を現代化してしまうロマンチシズムである。「道頓堀川」の歴史的背景が描かれていないからこそ、この作品は時間そのものを超えて、人生の本質へと向かって行く。

ところで「リバー」という喫茶店の場所について調べてみよう。大阪・中央区にあり、心斎橋筋が道頓堀川と交差する時点にある戎橋(えびすばし)の周辺にある。賑やかな、日本人なら多くが知っている有名な地区にあるのに、リバーという喫茶店の位置は作品中では不明確で、川の近隣にあること以外、分からないのである。「リバー」は戎橋の近辺にあると推察できる。なぜなら店の窓から橋と川が見えるからである。(2) ある登場人物が戎橋から幸橋まで歩く際の距離感や、街の風景は、地元の人間の方が充分に理解できるはずだ。しかし、〈地元の人しか理解できない〉という考え方には筆者は同意できない。なぜなら当時生きた道頓堀の住人といえども理解出来ない側面があると考えられるからだ。英語では“missing the forest for all of the trees という格言があり、その意味は「木を見て、森を見ぬ」である。地元の人、あるいは同時代人は、物語の主人公たちと同様に場所に慣れ親しむことにより、そこに潜在している意味を見逃してしまうのではないだろうか。反対に場所や時代・大阪の風土に固執して、評論家達は小説の大筋を無視してしまう恐れもあるのではないだろうか。

「道頓堀川」の〈橋〉について

この論文で検討したいのは「道頓堀川」の象徴の統一性である。「川三部作」全体における、〈川〉の象徴性について二瓶浩明は以下の通り述べている。

『〈川〉とは、主人公たちがそのほとりに住む舞台の設定という意味だけでなく、その流れと時の流れとが対比的に捉えらていると言って構うまいが、もう少し事情は手が込んでいる。』(3)

〈川〉についての研究は既になされているが、宮本の作品群における〈橋〉は今まで殆ど無視されてきたという事実がある。この論文が論ずる問題は、まず〈橋〉の文学的意義やニュアンスが統一的な働きをしているかどうかを考えて、それが他の象徴とどう関わっているのかという点だ。次に、「橋」に特に焦点をあてた解釈に基づき、「道頓堀川」の人間関係を分析する。最後のまとめで触れるが、「道頓堀川」において〈橋〉という象徴は単なる〈意味〉を表現す

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るのみではなく、物語に登場する〈橋〉に応じて、極めて多義的な働きを担っていることを示したい。

道頓堀の住人の場合、橋を利用しない生活は考えられない。なぜならば、物語の登場人物たちの生活様式を見ると、ある場所から目的地まで移動する際に橋を渡ったり、特定の場所に到達ための、道の説明が「橋」を中心になされたりしているからだ。筆者は広島に住んでいた時、毎日平和公園を横切る道を使って通勤していたが、実際、あの原爆ドームの歴史的意義に対して個人的には無関心になってしまった。同様に、長年、川の周辺に住んでいる人々が次第にその川や橋を殆ど意識しなくなるのも当然であろう。道頓堀川では歓楽街の間を流れる川であるから、歩行者が、川も橋も意識しない状況さえ考えられる。この点を理解した上で、場合によっては、格別な意味が潜在していない〈橋〉の存在もあり得ると主張したい。

しかし、「道頓堀川」においては、物語の登場人物たちが、日常生活において、橋や川を無視するか否かに関わらず、宮本がその〈川〉と〈橋〉を物語の中心に置いていることは確実である。また〈川〉や〈橋〉という言葉がプロットが新たに展開する箇所で使われている事実に、筆者が気づいた後には、それらに「意味がない」という認識は薄れていくのだ。作中において、主人公や登場人物たちは無意識に、架空あるいは現実の道を歩き、建築物を利用している。しかし、〈橋〉は作家が意識的に配置したものに相違ない。なぜなら「道頓堀川」では〈橋〉が73回も描写されているからだ。(4) ある時は、主人公自身、橋が特別な意味を持つ場所であることに気づき、ある時は気づかない。しかし主人公が〈橋〉の意味を意識しないということが、橋の描写の背後に「意味がない」ということを示すのではないのである。

〈橋〉は、象徴性の豊富な、特異な存在である。〈橋〉の目的は、川や海など、人間が自力で越えられない空間を、越えられる様にすることである。この意味で、〈橋〉は人間が不可能なことを可能たらしめるのである。不可能を可能にする〈橋〉という理想的機能は、昔から知られている。いうまでもないが、〈橋〉は人間と人間の間のコミュニケ−ションや和平を表す象徴として、政治的な場において使用される。人間はお互いに相手を理解する際に、色々な工夫が必要である。この様な工夫によって誤解や意見の対立を超越させることが、〈橋〉の現代的象徴性の本質なのではないだろうか。

宮本の作品に抽象的な意義を持つ存在があるとしたら、川が橋よりも先に思い起こされるかもしれないが、橋は川と同様に特別な意味を持つ存在として使われている可能性が高いと考えられる。「道頓堀川」で、〈橋〉がどの様に使われているのかを以下に示したい。

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表1.〈橋〉が取り上げられている件数と、そこで行われている行動

〈橋〉が取り上げられている件数:73

行動

 

地名説明

眺める所

歩いて渡る所

開、移店

の所

立ち止まる所

待つ所

絵を描く所

人が倒れる所

立ち話す所

佇む所

慣用句として

合計

件数

30

16

12

73

〈橋〉の使い方は多様だが、主に四通りに分類することが可能である。〈地名の説明〉、〈眺める場所〉、〈歩いて渡る所〉及び〈開店、移店をするための場所〉。表1.を見て即座に気づくのは、単なる地名を描くことにより、場所の説明することが多い点である。例えば病院が日本橋の周辺にあるという説明を加えることで、病院を描写することは、単に街の描写を本物らしく見せるための手法であるかもしれないとはいえ、それが橋の付近に位置する場合、その病院には潜在的意味が伴っているかもしれない。後に再び触れるが、登場人物の行動が及ぶ店の場所が〈橋〉の有無と関連することにより、潜在していた意味が現れる可能性があると言えよう。二番目に多い事項は〈眺めること〉である。16回も橋から何かを眺める場面、あるいは橋自体が眺められている場面がある事実は、一つの傾向を形成していると考えられる。「道頓堀川」では〈橋〉から人生を洞察するシーンが何回も登場する以上、この作品のテーマをこの場面が反映する可能性は高いと思われる。三番目に多い事項は、〈歩いて渡ること〉である。〈橋〉はそのために作られたものであるから、これは特別な意味を持つ数字ではなさそうだ。しかし場合によっては、意味を持つことも有り得るはずだから、後に遂一、丁寧に検討したい。最後に注目すべき事項は〈開店、移店をすること〉である。道頓堀以外の場所も作品は描いているにもかかわらず、三箇所とも、店が橋の近辺にある事実は、驚くほどの統一性と言える。

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表2.橋の件数               表3.橋と関わる人物(動物) (5)

橋の名前

 

件数

 

橋と関わる人物(動物) 件数

戎橋 (えびすばし)

16

邦彦 54

日本橋

13

武内 20

幸橋

11

まち子 16

太左衛門橋

宇崎

道頓堀橋

弘美

西道頓堀橋

かおる

通天閣の見える橋

邦彦の父

東京の新橋

杉山

大黒橋

医者

深里橋

三本足の犬

住吉橋

鈴子

新戎橋

 

 

 

人だかり

道頓堀川の橋々

名古屋の男

名義不明

ユキ

(石橋を叩く)

「誰か」

象徴的な橋

その他

合計

73

政夫

次に本論に入るが、主に以下の四つの項目に分けて議論を進めたい。〈幸橋:未来の夢〉、〈戎橋:現在の光と影〉、〈日本橋:過去の思い出〉と〈勝負:人生における奮闘〉。

幸橋:未来の夢

「幸橋」という名前から、それが何か特別な意味を表していると考えることは当然である。また、幸橋が小説に登場する度に、登場人物たちは、橋の上で同じ思いを抱いている。作品全体を通して幸橋は11回も登場し、必ず〈人生に関する夢を眺める〉場所として登場している。二瓶氏が言った通り、〈川〉が『...住む人の生の有り様を ...映す鏡としての役割を持っていた』(6)とすれば、〈橋〉はその鏡を眺める場所である。作品中、幸橋に初めて接したのは主人公の一人、武内である。

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『「幸橋となるんやけど、その辺の橋に立って道頓堀をながめてると、人間にとっていったい何が大望で、何が小望かがわかってくるなァ...花が咲いたり散ったり、夕陽が沈んだり星が光ったりするのを見てるよりも、もっと電撃的啓示を受けるわけや」』(7)

武内がいつ幸橋から道頓堀を眺めたかは描かれていないが、彼が大望を抱いていた点は読み取ることができるだろう。これが鈴子に会う前のことなのか、それとも鈴子に対する悲痛な思い出が出来た後のことなのかという点は気になるが、ともかく、武内が幸橋に対して親近感を抱いていることは確実である。もう一人の主人公、「リバー」で働いている大学生の安岡邦彦は、武内から『「いっぺん幸橋の上から道頓堀を眺めてみたらええ。」』(8) と言われる。邦彦はまち子姐さんと散歩している時にそう言われたことを思い出して、二人で橋の欄干から道頓堀の夜景を見に行くことにする。邦彦はその眺めに心を動かされたので、ストーリーが展開する際に、時折そのことを思い出す。邦彦が幸橋からの眺めを思い出す度に、「幸橋」が物語の中心を占める、不可欠な存在と化していることに気づくだろう。「道頓堀川」を精読しなくとも、宮本が意図的に「幸橋」を物語の象徴として活用したということは明確である。

武内は、小説の最初から作品終末のビリヤード・シーンに至るまで、自分の未来を探求し、幸福になるのが可能であるのかを自問し続ける。武内は再会する易者の杉山に、『私は、しあわせに晩年をおくるかどうか、そのへんを観て下さい』(9) と言う。武内はおそらく鈴子と既に味わった幸福を常に探求し、取り戻したいと思っているのであろう。武内はかつて、占い師の杉山に裏切られたにも関わらず、彼に未来のことを聞く。自分は幸せになることが可能かどうかが気になって、自分の未来について占ってもらうことにより、未来を探求する。

英語では〈霊感にうたれた〉、〈遠く見える〉、〈悟りに至った〉ということを〈クレアヴォヤンス〉(clairvoyance)という単語で表現する。日本語に訳すると「千里眼」、「透視力」や「悟り」というおおまかな定義しか見つからないが、〈クレアヴォヤンス〉という言葉は〈クレアヴォヤント〉(clairvoyant)、つまり易者、占い師に端緒を持つものである。未来を探るため邦彦が橋の眺めを通して人生を洞察するのと同様に、武内は易者の占いによって、自分の未来を探求する。以上の通り、作品中、武内が「幸橋」の欄干で受けた「電撃的な啓示」について述べると、道頓堀を眺めて、見たのは単なる〈夜景〉ではなく、霊感を通して得られた、神秘的な〈眺め〉であった。こういった意味で、武内が幸橋から道頓堀を観るのと同様に、易者が未来を観ると言えるのではないだろうか。武内が、〈クレアヴォヤンス〉によって人生を洞察する場面は、〈橋〉の欄干と〈易者〉の元においてである。「道頓堀川」の〈橋〉が〈易者〉と同様に神秘的なニュアンスを帯びている点で、〈クレアヴォヤンス〉という言葉が、「道頓堀川」における〈洞察すること〉を最も適切に表現した言葉といえるのではないだろうか。

邦彦も幸せを探求し続けている。大学を卒業するためにリバーという喫茶店で働き始めたの

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に、道頓堀で働くこと自体が自分の夢へと変化してしまう。道頓堀の魅力が邦彦の若々しい夢を喚起することが明確化する場面は、幸橋から道頓堀を眺めている場面である。道頓堀は、邦彦にとって、色々な夢を提供することになるだろう。邦彦の人生において貴重な人々は皆道頓堀の住人である。亡くなった父の代わりに武内が、邦彦が頼れる人物として登場する。友達の政夫も、愛情の対象になるまち子姐さんも、道頓堀に住んでいる。

『道頓堀という満艦飾の船を、並んで見つめていた着物姿の女は、いまかぐわしい匂い放ちながら、邦彦の心にまといついてきて離れようとしなかった。』(10)

〈船〉については後で、再び触れるが、老人の詩では、『俺という数千人が、同じ船に乗り合わせて、流れて行く』(11) と書いてある。この詩を考慮すれば、邦彦の大学に関する無関心は、道頓堀という〈船〉で乗り合わせている「俺という数千人」と人生の川を流れて行きたいという欲求を示しているのではないだろうか。宮本は、邦彦とまち子姐さんが幸橋から道頓堀川の夜景を眺めるシーンを、邦彦の思い出として三回も書き加えることによって、「幸橋」を、未来の夢を洞察する橋として、強調しているのであろう。

邦彦と武内にとって幸橋が〈悟りの橋〉であるのと同様に、かおるにも「夢の橋」がある。それは東京の新橋である。ゲイのかおるは自分の店を開くことに没頭する。いい店がある東京のことを知ったため、彼は大阪で体験してきた辛い人生から逃げようとする。新しい人生へ逃れようとする場所は「新橋」である。橋そのものは、幸橋の象徴性から考えれば、〈クレアヴォヤンス〉の場所、あるいは夢を見る場所であって、新橋という名前は正にそれを強調する。宮本が無意識にこの様に書いたか否かに関する判断は係留するが、邦彦と武内が眺める「幸橋」が、宮本の作品の主旋律であるとすれば、かおるが見続ける「新橋」はそれの上音に例えることが出来る。かおるも、武内と邦彦の様に未来に対して大望を抱いている。その大望の共通点は〈橋〉であるが、これは偶然ではないだろう。

しかし、かおるは生まれ変る以前の、昔の自分を責めつつも、彼自身が歩んできた人生の必然性を認める。

 『「あたし、人生やり直したいわァ。いつの間にこんな人間になっちゃったのかしら。 生まれるずっと昔の昔の大昔に、女だったことがあってさあ、生まれるとき、そのかけらがくっついて来たのかも知れないじゃない」』(12)

かおるのやり直しは具体的には、新橋に行って、新しい店を開くことである。このことを考えると〈橋〉は新たな意味を帯びてくる。「新橋」という場所が単なる地名でありながらも、その〈新しい橋〉というニュアンスが満ち溢れている様に考えられる。人生の再出発は新しい橋を渡って歩み続けることで表現され、このイメージは〈悟りの橋〉の象徴性と完全に合致している。

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戎橋:現在の光と影

小説の冒頭から、邦彦が「橋」を眺める際に、武内に対する好意が読み取れる。邦彦が二年間、武内のもとで「リバー」に勤めてきた結果、二人は親子の様な親密な関係になっていると考えられる。戎橋を渡ってリバーに歩いて来る武内の姿を見つめている邦彦の描写をその証拠として挙げたい。

『「武内が橋の真ん中を過ぎた時点から、邦彦は一つ、二つと数をかぞえる。彼はときおりそうやって、武内が店内に入ってくるまでの時間を計ってみる。別段、何の理由もなく試みたいたずらであったが、武内は五十一から五十三かぞえるあいだにリバーに入ってくる。それより早かったり、遅かったりしたことは一度もなかった。人通りの多い日も、どしゃ降りの日も、武内はいつも同じ歩調で、自分の店に出勤してくるのであった。」』(13)

宮本が、小説の冒頭から武内と邦彦が互いに対して感じる距離感を縮小していることに次第に気づく。橋の上に見られる、武内が次第に邦彦の所に歩いて来る描写は、偶然ではないと考えられる。この箇所に描かれている武内の行動は、物語の結末における、武内が自分の息子である政夫より邦彦を大切にしたい気持ちの前触れとなる。武内は通勤する度に、邦彦に接近する。親子の様な関係へ向かう途中経過を表す場面が、戎橋を渡って来る武内の描写から始まるのである。

宮本文学の中には、子供が次第に両親になる描写が多いということに関して、栗坪良樹は『父と子というのが一貫してある』(14) と述べている。「道頓堀川」においても一貫性を持った親子関係がそのプロットの中核をなす。政夫が父の若い時分と非常に類似しているというのは、偶然の一致ではないと言える。ただ武内は昔の自分を思い出したくはなく、辛い目に遭った当時の彼自身の様な生活を送っている息子の政夫との関係を切り捨ててしまう結末になりそうなシーンにおいて、宮本は筆を止めた。武内は易者の言葉を信じ、肉親に類似する人物である邦彦を自分の息子として扱う決断をする。二人とも、人生の苦難を味わい、父と子の様な関係を一貫して維持する武内と邦彦であるが、この小説の親子関係は血緑関係ではなく、より本質的な心理的な関係であることが話の最後に分かる。

宮本自身が邦彦の様な体験を経たことに注意しなければならない。邦彦の父と同様に、宮本の父も妻以外の女性と関係が出来てから亡くなった。

宮本「ただ、衝突しようにも相手がいなかったからね、僕が衝突する力が出てきた時には、よその女の所に行ってましたからね。で、結局、そのまま亡くなりましたから。」』(15)

邦彦と武内の共通点が宮本自身との共通点でもあることが明確化すれば、「道頓堀川」におけ

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る親子の心理的な関係が明瞭になる。父、妻、あるいは息子に捨てられた人々が、不満に満ちた過去から逃げるための方法の一つとして、同様に捨てられた同志を探して生きてゆくことがあることを、その関係は意味しているのである。邦彦が父の恋人であった弘美の世話を焼こうとすることは、ある意味で、父との関係を過去のものとして切り捨てたいとの希望を表現したものではないだろうか。同様に武内は過去を忘れるため、政夫との関係を最後に切り捨てようとするのであろう。主人公達にとって弘美と政夫は不満がある過去を思い起こさせる人々であるが、二人は鈴子が店のために買ったギャマンの水差しの様な存在となる。ギャマンの水差しが、杉山が描いた〈海を考えさせる絵〉と同じ色であることに武内は気づく。ギャマンの水差しは店に置かれ、悲しかりし過去の記念物となるが、武内はそのギャマンの水差しを杉山に譲渡してしまう。武内が悪い思い出を想起させるギャマンの水差しを始末する描写は、政夫を切り捨てる武内の最終決意の前触れとなっているのではないだろうか。

「道頓堀川」の〈現在〉で起こる出来事の殆どは、戎橋の上か、あるいは戎橋の近辺にあるリバーという喫茶店で生じる。戎橋が現在を表す象徴であれば、そこはリバーも連想させる場所であろう。道頓堀川が物語全体を貫くのと同様に、リバーは物語の過去と未来を結ぶ場所である。武内の過去に対しても邦彦の未来もリバーという喫茶店は接点を持つ。

リバーは、いうまでもないが、道頓堀の人々にとっては、知人と待ち合わせたり、人々と出会ったりする場所である。邦彦が観覧席で出会った老人の詩に例えると、リバーという店は「俺という数千人」が乗っている「船」の様な存在である。邦彦が武内と初めて会った場所がリバーであった。リバーで働き始めてから、邦彦は政夫とまち子姉さんと知り合ったのだろう。さとみというヌード・ダンサーがコーヒーを飲みながら邦彦と話す場面は、リバーの店中で描かれている。邦彦は他の店でさとみが踊っている姿を見て、彼女が本当に生きていると実感するのだが、後で再びリバーで彼女と会うと、さとみの本音が分かる。道頓堀川を眺める際に、遠くから見ると輝くのだが、近距離から眺めれば、艶が失われ、汚い泥溝しか目にかからないのである。同様に、リバーで邦彦だけのために踊ってみせると、さとみの魅力が消えてしまい、彼女も単なる他人、悩める道頓堀の住民の一人に過ぎなくなる。戎橋、及ぶそのたもとにある喫茶店のリバーは、〈現在〉の人間関係の〈悟りの橋〉となったことであろう。戎橋から流れる人波を映す〈川の鏡〉を見ると、道頓堀の魅力も、空しさも、〈現在〉において明瞭に見て取れる。

日本橋:過去の思い出

幸橋が未来の夢に関与するのと同様に、日本橋は武内の過去とも邦彦の過去とも繋がっているのである。邦彦の父は昔「金兵衛」という小料理屋に通っていたが、父が亡くなってから邦

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彦はその店のマスターと出会う。宇崎金兵衛が邦彦の父に助けられたがゆえ、恩返しを意図して、邦彦に店に来る様にと勧める。ところが、店が昔の場所から、日本橋に移っっていたのである。邦彦は店に行き、宇崎に飲み食いさせてもらった後に、「父のツケ」ということにして帰る。最初は宇崎が父の死去のことを聞いていないと思って黙っていたが、再び店を訪ね、宇崎が父が亡くなったことを知っているのに気付いても、「父のツケ」で「金兵衛」に通い続ける。この様に、邦彦にとっては日本橋が、過去と繋がる橋となっている。

もう一つの例であるが、武内がフラッシュバック・シーンの中で鈴子の腹を蹴った後に、鈴子は鋭い痛みを感じる様になった。その時、友人の吉岡に医者に診てもらう様に勧められ、『戦争中、郷里に疎開していた医者が、日本橋の元いた場所に戻って開業している』(16) ということを聞く。こうした関連性によって、日本橋が武内の人生において、過去と繋がる場所となる。鈴子が『転んで机の角で打った』(17) という理由で医者に診てもらうと、彼女は安静を命じられる。この様にして鈴子は去って行くのだが、武内にとって取り返しのつかない、一生後悔する出来事となる。鈴子の死によって、武内は鈴子及び息子の政夫との和解が不可能になり、そのまま、我が子に対する憤慨を抱きながら、一人息子を男性一つで育っていく。もしも鈴子が彼のせいで亡くならなかったとしたら、時間を経て武内の心の傷が直ったかもしれないが、武内は結局、杉山も鈴子も政夫も自分自身も憎んで行くしかないのである。

「道頓堀川」の舞台に登場する人々は皆、人生をやり直すことを願っている。鈴子は店のお金を盗んで、息子の政夫を連れて杉山と一緒に逃げても、結局武内のもとに戻る。その時点で後悔している鈴子は、『「うち、死にたいねん。……あんた、うちを、殺してェな」』(18) などと言う。鈴子の横腹を蹴って、それが原因で彼女が死に至ることも、武内は深く後悔する。後でその時を回想した際、武内は以下の通り述べる。

 『「もし自分に、どう地団太を踏もうと取り返しがつかない失敗があるとすれば、それはあの十八年前の夜、鈴子の横腹を蹴ったことだと思っていた。自分は鈴子を蹴り殺したのだ。鈴子は間違いなくそれが元で死んだのだから。そう思うと、武内は知らず知らずのうちに首をうなだれて、前を行く人の踵の部分に目を落とした。』(19)

物語のテーマの一つを議論することになるのだが、武内が最後のビリヤードの勝負においてついに認めるのは、「取り返しのつかないこと」が永久に不変な点である。ノスタルジーが横溢する作品であるが、結論として言えるのは、人生は川の様に流れ、橋の下を通って流れ去った水は、二度と戻って来ないということである。

弘美にとっては、もう一つの橋が過去と繋がる橋である。それは日本橋ではなくて、「通天閣」が見える場所にある橋である。

『「通天閣を見ながら、ここでお父さんを待ってた、と思うねんけど」

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「お父さんて、誰の?」

「邦ちゃんのお父さんやんか」』(20)

明確にその橋の場所を言えない弘美は言う。

『「ひょっとしたら、道頓堀と違て、もっと他の、通天閣の見える橋の上やったんかも知れへんわ。多分、いろんな思い出が、ごっちゃになって混ざってるねんわ」』 (21)

弘美と邦彦の父にとっては、「通天閣の見える橋」が待ち合わせ場所で、思い出の場所の一つであったが、邦彦にとっては、亡くなった父との関わりしか持たない所だろう。弘美と話しながら、父と弘美の関係について『父との、いろんな思い出とは、いったいどんなものだろうと、邦彦...』(22) は考えていた。弘美の思い出を通して、父がどの様な人物だったかを問い続けるのである。これが、「金兵衛」という日本橋の居酒屋と同様に、父の生涯を回想する場面となる。「通天閣の見える橋」は日本橋と同様に、過去の思い出と関連する場所である。

過去の思い出について〈クレアヴォヤンス〉を得る場所は橋ばかりではない。幸橋の上に立って、道頓堀を眺めて〈未来の夢〉を思い描くのと同様に、観覧席に座ってサッカーの試合ではなく、〈人生の奮闘〉が見える様になる。(23) ただし、老人が自分の若いころの夢とエネルギーを思い出して、それを邦彦に語る。邦彦は、この老人の目を借りて観ているから、サッカーの試合を、ノスタルジーが溢れた過去の思い出として見ることになる。

とは言うものの、老人の話を若者の邦彦は簡単には理解できなかった。しかし、その老人の手帳は、また人生に対しての「悟りの場」となる。一緒に観覧席に座って試合を見ていた老人が誰であったか知らなかったのに、なぜか邦彦は彼が忘れた手帳を丁寧に読んでしまう。その手帳にある老人のメモを読んだ際に、次の箇所に注目した。

 『船に乗って行く

  別々のところで生まれた

  別々の心の

  俺という数千人が

  同じ船に乗り合わせて

  流れて行く』(24)

老人の詩における、「俺」と名乗る個性的な人間が、他人である「俺」と名乗る人々と出会う描写の中では、人間の個人的悩みには焦点が合っていない。すなわち、この箇所を読んだ際、人生全体を視野に入れるだけの洞察力を獲得しているのである。作品中、邦彦はしきりにこの詩を思い起こすが、その際、宮本は邦彦が人生に関して得る〈悟り〉に対して視線を投げかけているのではないだろうか。

「道頓堀川」では、邦彦の人生の殆どが〈橋〉と関与しているのと反対に、政夫の人生はそ

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の〈橋〉の象徴と一切関わらない。表3.を見ると分かる通り、〈橋〉が登場する箇所には、政夫は不在である。二箇所ほど、政夫と会いに行く途中の邦彦が橋を渡る場面があるが、政夫は橋から離れた場所にいる。他の副次的な登場人物は橋と関わりがあるのに、主要登場人物の政夫は関わりがないということが、物語の結末の前触れとなっているにちがいない。政夫の人生の象徴が何であるかというと、ビリヤードである。

勝負:人生における奮闘

ビリヤードは非常に合理的なゲームである。ある任意の長さの棒と一定の大きさの球をプレーヤーの意志のもとに単純な動作によって、球同志が衝突し合うことになる。球と棒が接触する角度や速さを決めて、目標となる他の球に当てようとする。果たして意図通りの結果が生じるかどうかを待つ。誰でも容易に理解できるこのゲームは、一方で勝負に「勝つ」ことが主眼点であり、勝敗は一瞬にして決まってしまう。これがビリヤードの魅力の一つではないだろうか。

宮本は、ビリヤードの世界をよく知っているらしく、彼自身と父との関係を、ビリヤードの感覚を表現している。

宮本「ただ、衝突しようにも相手がいなかったからね、ぼくが衝突する力が出きた時には、よその女の所に行ってましたからね。で、結局、そのまま亡くなりましたから。」』(25)

邦彦と政夫二人とも、父に対して色々と複雑な思いを抱いているにちがいない。邦彦の場合は、父の愛人だった弘美に頼みもしない世話をされ、その一方で、父が助けた居酒屋の主人、宇崎金兵衛に、亡くなっているはずの父のツケで飲み食いをさせてもらう。父と関与した人々に対する邦彦の複雑な態度は、彼の心の揺れを表している。政夫が父、武内のことをどう考えているのかは、明確に描かれていない。しかし彼の行動から推測すれば、対立関係にあることが理解できる。政夫が、ビリヤードと共に生きていこうとする決心を、武内に打ち明けるシーンは、店の中に武内が飾っていた蘭が入っている花瓶を政夫が壊してしまうことにより、父に殴られる、注目すべき壮絶な場面へと展開する。

実際、この作品中に、宮本は父と子の衝突をテーマの一つとして描いており、たとえ、邦彦と亡父との対立関係が明瞭に描かれなくても、武内と政夫の場合においては、対立関係であることが明確である。玉突きに関して、栗坪はこう述べている。

 『人々はまるで〈玉突き〉の玉のように自分以外の存在者たちに突き当たり、はじけ飛び、ある方向に吸収され、再び解体されて飛び散る。』(26)

物語の結末において、武内はビリヤードの勝負を行いながら、今までの人生において感情的に出会った人々のことを回想している。玉田翁、ユキ、鈴子、杉山、邦彦らの人々を涙が出るほ

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ど感情的に回顧したことが契機となって、自分の余生に対して、武内はある決意をすることになった。

武内は政夫のビリヤードに対する意欲を充分に理解が出来るものの、若い頃の自分の様な政夫を可愛がる気にはならない。その上、武内にとっては、連れて行かれた際、父さえ忘れてしまった息子の政夫が、杉山と鈴子の駆け落ちの象徴になる。武内はどうしても父親とうして当然の気持ちになれない。武内は鈴子が杉山と共に失跡した理由を未だに探していたが、結局明確な答えが見つからない。(27) この様な悩みを抱いているからこそ、武内は邦彦を可愛がってしまうのではないだろうか。武内が邦彦を可愛がるのは、実子の政夫よりも邦彦の方が昭和44年当時の武内の姿に似ていることと無関係ではない。武内が最後に息子とビリヤードで勝負する場面では、邦彦が老人と「観覧席」で座って話していた際と同様に、人生を改めて回顧する瞬間となる。今回は、ビリヤードのテーブルが〈悟りの場〉となって、実子政夫よりも、邦彦と人生を送ろうという決心が湧いてくる。(28)

論文の前半にある表2.を見ると、「象徴的な橋」という項目は最後に記してあるが、これは以下の「名古屋の男」の箇所に関連するものである。

『高利で借りた金を持って死ぬか生きるかの橋を渡りに来た名古屋の男。』(29)

名古屋の男とは、かつて武内がビリヤードで下した相手の一人である。〈橋〉という象徴を多く用いるが、この一点に宮本の〈橋〉に関する心理的概念が潜在しているのではないだろうか。人生の象徴を他に求めれば、ビリヤードの勝負シーンがある。こういう場面が、物語全体の解釈に対して大きなヒントを与えている様に思われるのだ。つまり、〈橋〉は単なる建築物ではなく、〈ビリヤード〉も単なるゲームではないのだ。逆に、運命の象徴として有効に機能している。

元ハスラーの武内にとって、ビリヤードの場面が人生を洞察する場所になるということは不自然なことではない。むしろ武内がビリヤードを行いながら人生の大きな問題と取り組もうとする際には、彼は敏感に人生の本質を見抜くことになるだろう。しかし、〈悟りの橋〉で人生を洞察しても、その場で人生について決断をする必要はないが、ビリヤードは勝負の場面だから自然に洞察は行動に繋がる。現在の武内はビリヤードと関与しなくなっているのだが、そのことは、〈人生における奮闘〉との関与からも常に身を引いてきたことを象徴するのではないだろうか。鈴子と杉山に傷つかれて、〈人生における奮闘〉を中止していた武内は、勝負の勢いにかられ、以下の言葉を用いて表現するが、武内は自分の「谷間を越える」ための決断力を「つける」。彼は以前拒んでいた昔の自分を認めることによって、〈人生のやり直し〉という希望を捨てて、これからの人生を開拓していこうとする。

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その決意の基盤となるものは、ユキとの会話の中に見出せる。

 『「人間が、大きな谷間を越えるために最初のひとっ飛びを起こす瞬間の決断は、どうやってつけるもんやろか」と武内に訊いた。

 「そんなもんに基準があるかいな。やむにやまれん成り行きで決まってしまうんや」       

 「易者さんにでも占のうてもらおかしら」

 「昔、ある易者に、一家は離散するて言われたことがあるんや」』(30)

この会話の結果、武内に、独断で決断するのではなく、「易者」などの〈悟り〉の助けを借りて決めてもいいのではないだろうか、という考えが再び浮かぶ。そして再び、杉山という易者と会い、武内の人生について占ってもらう。

  『「ところが、その肉親が、あんたにほんとにしあわせにしてくれる人や。そういうふうになって行くでしょう」』(31)

その時は、政夫しか思い浮かばないのだが、ビリヤードを行いながら自分の人生を回顧すると、「肉親」と呼べる者は邦彦しかいないことに気づくのである。

  『邦彦を自分のところに引き留めておこうとも考えていた。赤の他人の邦彦に対しても、いま武内は自分の息子のような愛情を感じるのだった。』(32)

易者の占いが決断の発端でありながらも、実際にその決心が行動に変わる場所はビリヤードのテーブルであった。

ある意味で、自分の息子に対して武内が最後に取っている態度は、不公平なものである。武内は鈴子に裏切られたが、幼児の政夫は鈴子と杉山の駆け落ちを拒絶できなかったと考えられる。大人の政夫に他人の駆け落ちの責任を問うのは厳しい判断と考えられるのではないだろうか。武内は、邦彦を息子と同様に扱う決断すると同時に、政夫を捨てる決意をもしていると解釈できるのではないだろうか。邦彦は彼自身の父に対して無関心であったが、少なくとも武内に対しては、一緒にいたいという気持ちを表面化させている。武内から離別したくないとの邦彦の意向は、恐らく自分の父に対する不満から生じたものであろう。

まとめ

この小説では、典型的な悪役が不在で、また善良な人物も不在な点を気にする批評家もいる。主要登場人物である邦彦も武内も、結局は常人であり、人生の難題に取り組んでいるが、決定的な解決案に至ることはない。二人が人生の最終目標を決定する過程を描くのが「道頓堀川」の主要なテーマである。〈人生の川〉が過去から、現在を経て、未来へと流れて行くのと同様に、大阪の地図を見ると、道頓堀川が日本橋から、戎橋を経て、幸橋へと流れて行っている。道頓堀川は最後に海まで至るのだが、〈人生の川〉に関してはどう言えるのだろうか。これに関して、

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二瓶氏はこう述べている。

『どす黒い川のほとり、そこに生きる力ない哀れな人々の遣り切れぬ悲しさは、宿命からは逃れ去ることができぬゆえに遥か遠いもの、そこへ向かって流れゆく広大な出口、〈海〉を夢見させる。杉山描く〈海〉の意味とはそういうことなのだ。』(33)

本作中の「橋」の描写手法を要約すると、多義的に使用されていながらも、殆どが人間同士の良好な関係を現すシンボルとして登場していると言える。橋は、全ての場合において良好な関係が不在の二人の登場人物の間の距離感を縮小するために建築されたものではないと言えよう。武内と邦彦の間に、〈橋〉が既にあり、武内が邦彦の所まで、橋を渡るか否かが注目すべき点となっていた。しかし、武内と政夫との間にある〈橋〉は、政夫が幼児の時、鈴子と杉山の駆け落ちによって破壊され、新たに修復することは不可能である。

主人公の武内と邦彦は、彼ら自身が既に営んでいる実父と実子との間の親子関係よりも、相応しい相手を求める。邦彦が読んだ老人の詩に書かれている通り、「道頓堀川」においては、両親と子供は、偶然、同じ船に乗り合わせるという体験を共有した他人同士として描かれている。親子関係を、人間関係の中で最も緊密な関係と捉える発想を拒む類の作品である。宮本は何故、親子に関するこの様な悲観的な姿勢を示しているのだろうか。

宮本の作品執筆時の心理を推測すると、武内が邦彦のために、自分の実子を捨てることを決意することを描いた際に、宮本が彼自身の父に捨てられた時に感じた損失感から、現実世界において逃れていたと考えることができるのではないだろうか。恐らく、宮本は、武内と邦彦の親子関係に類似した人間関係の中に、我が身を置きたかったのだろう。

昔から、両親が、自分の人生が幾ら後悔しても修復不可能なことに気づいたならば、自分が実現できなかった、幸福になる希望を我が子に託す。自分の子供が幸福になる努力をし、自分が犯した誤ちを再び犯さないことを願う。「道頓堀川」において武内が邦彦を息子扱いするが、彼が晩年に至るまで、幸福になるのか否かは明確にされていない。人間は未来に関する情報が少ないにもかかわらず、生きる際に進むべき方向性を決めなければならない。同時に「俺という数千人」と乗り合わせた船で、運命の川を流れて行く。宮本の作品では、〈運命〉と〈人間の自由〉と言った対立項の統合を成し遂げた結果が、高い評価に値する点であろう。しかし、作品自体が優れていても、「道頓堀川」の登場人物たち皆は、小説の冒頭に登場する傷だらけの三本足の犬の様に、橋のたもとにおいて、困惑へと導かれてゆくであろう。

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English Abstract

Clairvoyance in Miyamotos Dotomborigawa

――Viewing Life from a Bridge――

Humanities Department, Comparative Cultures Program, Daniel C. Strack 

While bridges in everyday life are often taken for granted, in the context of literature they should not be casually disregarded as simple contrivances for crossing from one place to another. While mundane and straightforward allusion is possible, a bridges placement and usage in the narrative can evoke nuances and reinforce ideas already apparent in the discourse. In Miyamotos Dotomborigawa, there are numerous instances in which bridges are regarded as places of clairvoyance. Bridges present characters with (often mystical) insight into their own lives: past, present and future, or into the ephemeral nature of life itself. Clairvoyance (which in the storys context is often a catalyst for decisive action) is not limited to bridges, however, though bridges do provide some of the most vivid examples. The multifaceted, symbolic use of bridges is explicitly and implicitly intertwined with the broader use of the river as a symbol for life.

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(1) 小田実、松本健一、三田誠広「読書鼎談」『文芸』(1981・8)247頁。

(2) 宮本輝『道頓堀川』(1981、新潮文庫)209頁。

(3) 二瓶浩明 「宮本輝と〈川〉:『泥の河』『蛍川』『道頓堀川』」『解釈』(1985・10)48頁。

(4) 表1.は宮本の「橋」という言葉の使い方について焦点をあてている。ただし、橋が用いられている地名が含まれている(たとえば「日本橋」)、「橋」という漢字が使用されている道などは除くことにする(たとえば「心斎橋筋」)、「心斎橋」という地名は話の中に登場するが、「心斎橋」といった橋そのものが登場せず、この物語と関係がないので数えないことにする。

(5) 表3.では、橋と関わる人物や動物を記しているが、場合によっては、二人、または複数人物が、〈橋〉が登場する一場面に登場することもある。従って「橋と関わる人物(動物)」の数の合計は「橋の登場件数」の合計の73回を超える。

(6) 二瓶浩明 、前掲論文、52頁。

(7) 前掲『道頓堀川』14頁。

(8) 同書、14頁。

(9) 同書、208頁。

(10) 同書、153頁。

(11) 同書、112頁。

(12) 同書、193頁。

(13) 同書、9−10頁。

(14) 栗坪良樹、宮本輝インタヴュー「父と子の世界」『文学界』(1986・3)215頁。

(15) 同インタヴュー、219頁。

(16) 前掲書『道頓堀川』78頁。

(17) 同書、78頁。

(18) 同書、72頁。

(19) 同書、124頁。

(20) 同書、93頁。

(21) 同書、94頁。

(22) 同書、94頁。

(23) 同書、26−29頁。

(24) 同書、31頁。

(25) 栗坪良樹、前掲インタヴュー、219頁。

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(26) 栗坪良樹、「宮本輝・生と死の物語:〈川三部作〉の成立について」『青山学院女子短期大学紀要』(1987)99頁。

(27) 前掲書『道頓堀川』213頁。

(28) 同書、239−240頁。

(29) 同書、67頁。

(30) 同書、120−121頁。

(31) 同書、210頁。

(32) 同書、239頁。

(33) 二瓶浩明、前掲論文、52頁。